お城巡りランキング

野球小僧の城めぐり日記⚾️

仕事の合間にゆる〜くじっくり城めぐりを楽しんでます^_^

小布施(長野県小布施町)〜番外編〜

2019年5月4日(祝)☀️

10:00〜13:50

 

ゴールデンウィークの軽井沢旅行。2日目は少し足を伸ばして小布施町を散策しました。歴史ある町並みですが、こじんまりと清潔感漂う素敵な町でした。また是非再訪したいです。

 

【小布施堂】

会社の上司から聞いて、かねてから行きたかった小布施堂。結局何も買えず…写真におさめたのでよしとする^_^

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【小布施の町並み】

ゴールデンウィークということもあり昼前から混み合ってきたが、どこかほっこりする素敵な町並み。次回はもう少し時間をとり散策したい。
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【桜井甘精堂 泉石亭】

なかなか行けない小布施。ネットで検索に検索を重ねてチョイス。11時過ぎに入店し30分程度で案内。当初店内中ほどの席なるも、「窓際のお席が空きましたので…」と気配りも素晴らしく、気分良く食事をとれました。めいめい異なるメニューなるも、どれも美味しく、観光地のわりに割安感がありました。次回も再訪確定^_^

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【桜井甘精堂 北斎亭】

この日は日差しが強く、締めはやはりソフトクリーム。マロンペーストが美味。大好評でした^_^

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【町営松村駐車場】

小布施の中心地までは徒歩7〜8分程度。普通車は1日500円とコスパはまずまず。次回もこちらを利用したいです。

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小布施町
長野県上高井郡
https://goo.gl/maps/vUKg1cCi25GfyXp37

 

 

 

 

 

鉢形城〜北条氏 北関東支配の拠点

34.【鉢形城】埼玉県大里郡寄居町大字鉢形2496-2

日本100名城 No.18〜

 

2019年5月5日(祝)☀️
14:40〜15:30

 

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◯概要

 鉢形城跡は、戦国時代の代表的な城郭跡として、昭和7年に国指定史跡となりました。城の中心部は、荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれていて、天然の要害をなしています。この地は、交通の要所に当たり、上州や信州方面を望む重要な地点でした。
 鉢形城は、文明8年(1476)関東管領(かんとうかんれい)であった山内(やまのうち)上杉氏の家臣長尾景春(ながおかげはる)が築城したと伝えられています。後に、この地域の豪族藤田泰邦(ふじたやすくに)に入婿した、小田原の北条氏康(ほうじょううじやす)の四男氏邦(うじくに)が整備拡充し、現在の大きさとなりました。関東地方において有数の規模を誇る鉢形城は、北関東支配の拠点として、さらに甲斐(かい)・信濃(しなの)からの侵攻への備えとして重要な役割を担いました。
 天正18年(1590)の豊臣秀吉による小田原攻めの際には、後北条氏の重要な支城として、前田利家上杉景勝等の北国軍に包囲され、攻防戦を展開しました。1ヶ月余りにおよぶ籠城(ろうじょう)の後に、北条氏邦は6月14日に至り、城兵の助命を条件に開城しました。
 開城後は、徳川氏の関東入国に伴い、家康配下の成瀬正一(なるせまさかず)・日下部定好(くさかべさだよし)が代官となり、この地を統治しました。
 なお、鉢形城跡は「21世紀に残したい埼玉ふるさと自慢100選」(平成12年、埼玉ふるさと自慢100選選定委員会・埼玉新聞社認定)、「日本100名城」(平成18年、日本城郭協会認定)、「日本の歴史公園100選」(平成19年、都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会選定)、「日本の史跡101選」(平成19年、日本経済新聞社広告局選定)に選ばれています。

寄居町ホームページより)

 

 

鉢形城記念館です。外曲輪の一角に建てられており、100名城スタンプが設置されています。

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外曲輪です。
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深沢川です。
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町指定天然記念物 鉢形城の桜 エドヒガンです🌸愛称「氏邦桜」です。

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二の曲輪です。堀と畝、土塁がみられます。
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三の曲輪です。
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復元四脚門です。
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石積土塁がみられます。

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石組排水溝です。
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復元四啊・庭園の周囲にも石積土塁がみられます。
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荒川に面した崖は断崖絶壁の天然の要害となっています。
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空堀には復元された木橋がかけられています。

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空堀が多くみられます。
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馬出です。

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鉢形城跡は、広大な敷地に遺構がよく残されていて見どころも多く、荒川・深沢川に面する天然の地形を巧みに利用したつくりとなっていました。往時の雰囲気が十分に感じ取れる城跡でした^_^

 


アクセス
🚞 JR八高線秩父鉄道線・東武東上線 寄居駅下車、徒歩約25分

イーグルバス 寄居駅発・和紙の里行き「鉢形城歴史館前」下車、徒歩約5分

 

🚗関越自動車道花園IC下車、国道140号バイパスを秩父長瀞方面へ6km、約15分

 

鉢形城
〒369-1224 埼玉県大里郡寄居町鉢形
https://goo.gl/maps/fTfwMM5CgFqATLzs5

 

 

 

松代城〜武田信玄が山本勘助に命じて築いた海津城

33.【松代城】長野県長野市松代町松代松代殿町44

日本100名城 No.26〜

 

2019年5月4日(祝)☀️
14:00〜14:50

 

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◯概要

松代城は、江戸時代には松代藩主・真田家の居城でした。そのはじまりは、戦国時代に築城された海津城です。  海津城の築城年代は不明ですが、海津城の名が文献に確認できるのが永禄3年(1560)ですので、このころにはすでに築城されていたことがわかります。戦国時代から江戸時代初頭までこの地を支配した武田信玄上杉景勝などにとって、この城は北信濃を支配する上での軍事的・政治的に重要な拠点となっていました。元和8年(1622)に真田信之が松代に移ると、松代城本丸に御殿を建築し、松代藩政の拠点としました。その後、江戸時代の半ばには、御殿が城の南西に位置する花の丸に移ることになり、本丸は機能を持たなくなりました(信州松代観光情報より)




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北不明(あかず)門です。
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海津城址之碑です。

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東不明(あかず)門と東不明門前橋です。

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東不明門周辺です。堀がみられます。
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二の丸石場門です。

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二の丸南門です。

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太鼓門と太鼓門前橋です。松代城のメインのアングルです。
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土塁がみられます。
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続100名城スタンプのある真田宝物館に向かいます。松代城跡からは徒歩5分程度です。
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スタンプは真田宝物館前のテントに設置されていました。
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この日は時間がなかったものの、松代城のスケールの大きさが印象に残りました。次の機会には、旧松代駅舎や川中島古戦場なども回ってみたいと思います。

 


アクセス
🚞 JR長野新幹線長野駅から川中島バス「松代行き」で約30分、「松代」バス停下車、徒歩約5分

🚗上信越自動車道・長野ICから5分

 

松代城
〒381-1231 長野県長野市松代町松代松代殿町44
026-278-2801
https://goo.gl/maps/Rjd161Hz2zvqZqBG8

 

 

 

忍城〜石田三成の水攻めに耐えた「のぼうの城」

32.【忍城

埼玉県行田市本丸17−23

〜続日本100名城 No.118〜

〜関東七名城〜 

 

2019年5月3日(祝)☀️
9:00〜9:55

 

 

 

◯概要

関東七名城に謳われた忍城は文明年間(1469~86年)の初め頃に築城され、上杉、北条氏との戦いにも落城せず、石田三成の水攻めにも耐え、戦国の世を生き抜いた名城です。

忍城明治維新の際に壊されましたが、忍城本丸の跡地に往時の面影を再現した忍城址(おしじょうし)が整備されています。この事業に対し、「'93さいたま景観大賞」や「都市景観大賞」が授与されています。また、忍城址内には郷土博物館が併設されています。(行田市ホームページより)

 

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騎西城を後にし、次に忍城に向かいます。映画「のぼうの城」、ドラマ「陸王」の舞台でもあります。

 

忍城址に隣接した駐車場が整備されています。

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伝進修館表門です。

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忍城の由来」の説明書きです。

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御三階櫓です。このアングルがベストショットかと^_^

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忍城址の碑です。
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忍城址案内図です。

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土塁がみられます。

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史蹟 忍城の鐘です。

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行田市郷土博物館です。忍城址に隣接し、続100名城スタンプが設置されています。スタンプ押印のみであれば入館料は無料です。
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「ぶらっと♪ぎょうだ」です。行田市郷土博物館の休館時にはこちらに続100名城スタンプが設置されます。忍城址からは徒歩7〜8分程度です。

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忍城しかり、行田は伝統ある古きよき町でした。またゆっくり散策したいと思います。

 

 


アクセス
🚞 

◯JR吹上駅(北口)から
朝日バス 
行田折返し場・行田市駅・総合教育センターゆき(前谷経由)「忍城」(おしじょう)バス停下車すぐ。
行田折返し場・総合教育センター・工業団地ゆき(佐間経由)「新町(あらまち)1丁目」バス停下車、バス進行方向へ直進、県道128号(旧国道125号)を左折、徒歩10分。 
◯JR行田駅(東口)から
市内循環バス 西循環コース
【右回り】「忍城址・郷土博物館前」下車すぐ(乗車時間19分)

【左回り】「行田市バスターミナル」下車徒歩5分(乗車時間9分)

市内循環バス 観光拠点コース
【右回り】「行田市バスターミナル」下車徒歩5分(乗車時間12分)

秩父鉄道行田市駅(南口)から
徒歩15分。南口を出て直進し、県道128号(旧国道125号)を右折直進。

🚗

東北自動車道
加須インターから県道128号(旧国道125号)を行田方面(西)へ約30分。(約17km)
羽生インターから県道84号を行田方面(西)へ。国道125号行田バイパス経由で約30分。(約14km)
関越自動車道
花園インターから国道140号を熊谷方面(東)へ。熊谷警察署前交差点を右折、国道17号経由で約40分。(約22km)
東松山インターから国道407号を鴻巣吹上方面(北)へ。県道66号、国道17号経由で約30分。
国道17号中山道
熊谷市内、佐谷田(北)交差点を県道128号(旧国道125号)へ。行田方面へ約10分。
国道17号熊谷バイパス
行田市内、持田インターを県道128号(旧国道125号)へ。行田市街地方面へ約3分。
◯国道122号
加須市内、志多見交差点を県道128号(旧国道125号)へ。行田方面へ約25分。

 

忍城
〒361-0052 埼玉県行田市本丸17−23
https://goo.gl/maps/dQ2JAdutPsNGvzPx7

 

 

 

騎西城〜上杉輝虎が攻め落とした城

31.【騎西城】

埼玉県加須市根古屋633−2


2019年5月3日(祝)☀️
7:40〜8:20

 

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軽井沢方面への旅行に際し、下道を走っていた際に立ち寄りました。城は開館時間外だったため、周囲を散策しました。

 

 

昭和50年(1975)に開館しました。史実の騎西城(私市城)は、土塁や塀を廻らした平屋の館でしたが、天守閣を持つ城として復元しました。(加須市ホームページより)

 

騎西城は、加須市騎西地域)に存在していたお城(騎西城)を旧騎西町が町制施行20周年を記念して1975年に建築した郷土史料展示室です。天守閣を模した鉄筋コンクリートの3階建てになっています。歴史上本物の騎西城は、土塁や塀を廻らした平屋の館だったそうで天守閣はなかったそうですが、お城と言えば天守閣ということで、違和感のない姿となっています。

城内には、騎西城に関わる発掘調査の出土品や民俗資料、旧騎西町の写真などが展示されているのですが、基本的に4月下旬から5月上旬に行われる藤まつりか11月上旬の期間のみ一般開放しています。
藤まつりは、市内の玉敷公園に樹齢約400年を越す大藤があり、その大藤を中心に行われるお祭りとなっています。騎西城のありし日を知ると考えると歴史好きは注目した方がいいかもしれません。

また、歴史好きと言えば、東側の道の向かい側には騎西城土塁跡があります。こちらは、むしろ模した天守閣より歴史を感じることが出来る史跡です。せっかく行かれたらこちらにも少し足を延ばして間近で見られることをお勧めします。

城ということで、天守閣を視界に入れた風景を見ることが主な目的となりますが、もし学習のためなどで城内を見学したい場合は、事前に加須市文化財担当に相談するといいそうです。

もよりの駅からは、東武伊勢崎線加須駅の北口から朝日バス鴻巣免許センター行きに乗り、福祉センターバス停で下車して徒歩で約1分のところにあります。
駐車場は約50台分用意されています。(さいたまなび より)

 

 

駐車場です。二ヶ所に分かれており、綺麗に整備されていました。

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騎西城前のバス停(福祉センター)です。加須駅からバスでアクセスできます。
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市内の案内図も整備されていました。
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神曲輪跡です。
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模擬天守は昭和50年1月に建設されています。
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模擬天守です。
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騎西城模擬天守後方に堀があり水が張ってあります。
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騎西城に隣接する萩原遺跡の案内板です。
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土塁跡です。騎西城でみられる代表的な遺構です。
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二の丸跡です。駐車場となっています。
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旅の次の目的地、忍城に向かいます。

 

 

 アクセス
🚞 東武伊勢崎線 加須駅南口・北口から朝日バス 鴻巣免許センター行き約15分「福祉センター」下車徒歩1分
鴻巣駅東口から朝日バス 加須駅行き約30分「福祉センター」下車徒歩1分
🚗 東北自動車道 加須I.C 約6.0km
     東北自動車道 久喜I.C 約10.3km

 

騎西城跡
〒347-0104 埼玉県加須市根古屋633−2
https://goo.gl/maps/ZPwkk7UwoJ13Lj7o9

 

 

 

本佐倉城〜千葉輔胤が築いた千葉氏最期の本拠地

30.【本佐倉城】千葉県印旛郡酒々井町本佐倉781

〜日本続100名城 No.121〜

平成31年2月16日(土)☀️
15:00〜16:30

 

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自宅から車で1時間程度の本佐倉城を家族4人で訪れました。

 

○概要

酒々井町本佐倉地区と佐倉市大佐倉地区にまたがる丘陵地に、中世戦国時代に繁栄した本佐倉城跡(地域約35ha)があります。

本佐倉城は文明年間(1469年から1486年)に、千葉輔胤によって築城されました。輔胤は、享徳3年(1454年)に始まる関東の動乱のなかで千葉宗家を継いだ人物で、千葉氏代々の居城であった「千葉城」が戦場になり荒廃したため、「本佐倉城」を築いて新たな千葉氏の居城としました。「本佐倉城」は、以後百有余年にわたる戦国時代を通じて下総の中心となり、千葉家の当主9代が城主として下総を治めていました。

大永年間(1521年)頃、最初の城の改修と城下の整備が終わり、城を中心に家臣や商人が集められ、武家屋敷や町屋・市の形成が進みました。

この頃千葉氏は下総の覇権をめぐって小弓公方や上杉氏・里見氏との合戦を繰り返していたため、小田原北条氏と婚姻を結び、手を組みましたが、しだいにその勢力は弱体化し、ついには親胤・邦胤の二人の当主が城中で家臣に暗殺されました。天正18年(1590年)、豊臣秀吉小田原城攻めで北条氏に味方した千葉氏は滅亡し、本佐倉城は明け渡されました。その後、徳川家康の家臣が入城しましたが程なく廃城となり、その歴史を閉じました。(酒々井町ホームページより)

 

 

 

まずスタンプの設置してある酒々井市中央公民館に行きました。中央玄関を入り、ほぼ正面にスタンプが設置してありました。

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本佐倉城跡は公民館から車で5分程度。駐車場も整備されています。

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本佐倉城跡は主郭群(城主の空間)と外郭群(家臣の空間)が同心円上に配置され、主郭群は7つの郭(「城山」、「奥の山」、「倉跡」、「城ノ内」、「東山馬場」、「東光寺ビョウ」、 「セッテイ」)と付属する腰郭群から構成され、城の中核部分を形成しています。外郭群は、城域の南端に位置する「向根古谷」で構成されています。(酒々井町ホームページより)

 

千葉氏の家紋は月と星を図案化した「月星紋」。駐車場からⅣ郭に向かいます。

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Ⅳ郭虎口です。本佐倉城跡はみどころに案内板が表示してあり、細かく解説されています。
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大堀切です。右手が奥ノ山、左手が城山です。
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まずは城山に向かいます。
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城山通路です。この通路は城山に向かう唯一の通路です。
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城山虎口です。左折れの坂虎口の形態をとります。
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城山門跡です。
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城山も各所にわかりやすく表示板がありました。
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城山からの眺めです。

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続いて奥ノ山に向かいます。
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奥ノ山の妙見宮跡です。
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倉跡です。
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続いて東山虎口に向かいます。
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東山虎口より京成線方面をのぞみます。
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東山虎口と南奥虎口です。

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東光寺ビョウです。
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南奥虎口です。
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倉跡一セッテイ空堀です。左手が倉跡、右手がセッテイです。
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東山虎口を抜け、ビューポイントに上がりました。この日は曇っていましたが、晴れた日には筑波山が見えるようです。
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帰りに近隣のJR南酒々井駅へ。この駅はもともとは製造した日本酒を運搬すべく酒蔵の飯沼本家がつくった駅とのことです。
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本佐倉城は遺構もよく残されており、まるで探検のように家族4人で楽しむことができました。

 

 


アクセス
🚞 京成線 大佐倉駅より徒歩10分、酒々井駅より徒歩20分 

🚗東関東自動車道 酒々井ICより10分

千葉方面から・・・酒々井の手前で旧51号線に入り、酒々井町役場入口の所を左折(成田方面からだと右折)し、道なりに谷津に向かって下ると正面に城跡の台地が見える。

296号線を佐倉から成田方面に向かい、スーパートライアルの手前で旧道に入り、清光寺入り口の所(案内標識あり)を左折(酒々井方面からだと右折)。 

ж本佐倉城跡近辺の各所には案内標識が電柱等に取り付けてあります。

 

 

本佐倉城
〒285-0926 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉781

https://goo.gl/maps/vWnfsVUYqR62

 

 

 

土気城〜土気酒井氏の本拠

29.【土気城】千葉県千葉市緑区土気町489

別名 貴船城

築城年 神亀年間

 


平成30年5月19日(土)☀️
13:30〜14:00

 

自宅からほど近い土気城へ。主郭は住宅型有料老人ホーム「ひまわりの郷」敷地内のため見学できませんが、周辺に遺構はよく残されていました。この日はクラン坂まで回れず、次回チャレンジです。

 

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三の丸から二の丸につながる大手道左側に千葉市教育委員会による土気城跡の説明板が。左手の畑は三の丸跡。

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三の丸虎口土塁上の貴船大名神

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ひまわりの郷の看板にも「土気城址」の記載。

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大手道からひまわりの郷につながる土橋。土橋の下には空堀が確認できる。

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土橋からの空堀の様子。

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ひまわりの郷入口。ここから先は立ち入りを断念しました。

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土橋付近には土塁が見られました。

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アクセス

🚃 JR外房線土気駅より徒歩25分

🚗千葉東金道路 中野ICより15分

 

 

土気城
https://goo.gl/maps/SyKVWudac3y